横浜南はり灸院は横浜市南区の鍼灸院|提携P有、日曜祝日診療|蒔田(まいた)駅 ①出口 1分|顔面神経麻痺から自律神経失調症、パーキンソンまで|1988年開業

今年はY159」歴史の街、横浜

今年はY159」歴史の街、横浜

横浜が開港して今年で159年で「Y159」ということです。
確か「Y150」の時に大々的にイベントをした記憶がありますが。
あれからもう9年もたつのですね・・・。

ということで
横浜開港の歴史を調べてみました。

横浜港は1858年安政5年6月19日)に締結された日米修好通商条約に基づき1859年7に武蔵国の横浜村(横浜市の関内付近)に開港され、生糸貿易の中心港としてまた京浜工業地帯の工業港、東京の外港として大きく発展した。
とあります。

開港前は横浜村は人口が600人足らずのひなびた漁村だったそうです。ではなぜそんなところに開港したのか?
諸外国は当初「神奈川湊」の開港を要求したそうですが、幕府は東海道で栄えた神奈川宿に港ができて異人が来ることを恐れ、対岸の横浜村に開港することにし、横浜は神奈川の一部だと強弁することにしたらしいです。なんとも面白い話ですね。

しかしこの強弁が現在の横浜の大発展につながっていることを思えば
不思議な感じがします。横浜開港がなければ伊勢佐木町も元町商店街、中華街もできなかったかもしれません。

横浜開港からすぐの1863年に
武蔵国の井土ヶ谷村字下之前(現在の神奈川県横浜市南区井土ヶ谷下町3付近)で、攘夷派の浪士によるフランス士官殺傷事件いわゆる「井土ヶ谷事件」が起きています。開港から4年後のことです。
井土ヶ谷事件の現場は、私の鍼灸院からすぐの所でその近くには事件の碑があります。通勤で毎日見ますので歴史を思うとなんだか不思議な感じです。

実はわたしが生まれたのは1959年の6月です。
そう、横浜開港からちょうど100年後に生まれました。
横浜に住むようになって改めてこのことを知り余計に横浜港に親近感を覚えました。そして住んでいるのも井土ヶ谷事件のあった井土ヶ谷下町なのです。家の前のバス通りは、横浜港から程ヶ谷の宿にぬける幹線道路だったと聞いてまたビックリしました。
歴史の町に住んでいることがちょっとうれしい気分です。

横浜の鍼灸は1998年開院の横浜南はり灸院へどうぞ。

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